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都会で奇跡のやまびこ?

Hey! Say! JUMPの話がしたいために作ったブログ

『母になる』第一話感想

こんばんは。HDDの編集が全く進んでいないベリカです。

先週のヒルナンデスもめざましも手つかずで残っている上に、明日は運動会のWSがあるよー編集していかないと録れなくなるよー。

雑誌もたまりまくりなのでそういう性格なんだよなあ、とある種の諦めも持ちつつ(いや、やれよ)。

 

 

本日は、水曜ドラマ『母になる』の感想なんぞを。

まだ第一話で色々明らかになっていないところがある中で、思ったままを書くので、次回以降明らかになってからすっごい外したことを書いていることが発覚する可能性もあるけれど、その都度その都度思ったことを書いていこうと思うよ、と前置きしつつ。

 

ツイッターに上がっていた感想をざっくり読んだ限りでは、「最終回みたいだった」というのをいくつか見かけて、ああなるほどなと思うと同時に、このドラマはおとぎ話ではなく現実を描こうとしているのだな、と私は解釈した。

おとぎ話というのは例えば、シンデレラは王子様と幸せに暮らしました、めでたしめでたし、みたいなもの。なのだけど、実際のところ庶民のシンデレラが王族の一家になって上手くやっていけるかといったらそんなことはないわけで、それこそ王族からしたら(王子は気に入っているようだけど)どこの馬の骨か分からない女、だし、国民にしても誰だか分からないような奴を何で王女様とか言わなきゃいけないんだ、となるし。

確か星新一ショートショートにそんな話があったんだよね。シンデレラのその後。王子様と結婚してからいかにして周囲に自分を認めさせていくか、という内容。

当然のことながら結婚はゴールではないわけで、結婚だけでなく進学とか就職とか、第一希望の学校(会社)に入れたらそれで終わりかといえばそんなことはなく、そこからがまさに現実なのだと思う。

まだ第一話しか観ていないのでなんとも言えないけれど、このドラマは「王子様と結婚して幸せに暮らしました」のその後を描こうとしているのかなと感じた。

 

実に丁寧に、時間をかけて結衣と陽一の出会いから結婚して広が生まれるまでを描いていて、それがまたその後のことを考えると胸が痛くてね。話し掛けるのに半年かかって名前を訊くのにまた半年かかって、ゆっくりゆっくり時間をかけて少しずつ関係性を深めていっているのを見て、でもこっちはその先どうなるかを知っているわけでね、その時間が幸せであればあるほど辛くなったよね。またさ、沢尻エリカさんの演技がめっちゃくちゃ上手いから余計に。

そしてそれだけ時間をかけて関係性を築いていっても、子供が生まれるとやっぱり子供が中心になるのだなあ、と。子はかすがいと言うけれど、子供というのは家族にとってそれだけ比重がかかるものなのだなとか。私は子供がいないのでその辺は分からないのだけど、何年もかけて築いた関係性を崩す程の力が子供にはあるのだろうなと思う。

広が誘拐されたのは陽一のせいでもあるし結衣のせいでもあるわけで、お互いにそれが自分の方に向いていれば夫婦の関係性が崩れることはなかったのかもしれないけれど、これが相手に向いてしまったら実際もう無理なんだろうなと思う。「あなたが論文見て上げてれば」「お前が目を離さなければ」になっちゃったら一緒に暮らすことは無理なのだろうし、そう考えるとなんとも辛い……。

 

ところでこのドラマは現実を描こうとしているのだと思っているのだけど、だからこそ相応の、というか演技の上手い役者さんを集めたのだとも思っている。別に人気がないとかそういうことではないけれど、話題性より演技力を重視してキャスティングしたのだと思っているのね。

なのでこのドラマに裕翔くんが出ているというのが本当に嬉しくて!おそらくだけども、裕翔くんに関しても話題性より演技力で選んだと思っているから。なんでかといえば、名前のところにHey!Say!JUMP表記がないから。道枝くんのところには関西ジャニーズJr.と書かれているのに裕翔くんのところには何もないということは、ジャニーズの、Hey!Say!JUMPの中島裕翔ではなく俳優の中島裕翔をキャスティングしてくれたのだと思うし、裕翔くんの演技も実際それに応えるものだったと思う(何様って感じの言い方だけども)。話し方、表情、目線の動かし方、そういう色々なひとつひとつに惹き込まれたし、確かにあの場所にいたのは中島裕翔ではなく木野愁平だったと思うし、エリカ様を始めとした芸達者な面々の中で見劣りせずに堂々と渡り合っていたと思うんだよね。それがもう本当に素晴らしいなと!

 

最後の広が結衣と会った時に棒読みだった件に関しては、あのシーンだけで言えば演技としてあれが正しいんじゃないかと私は思っている。だっていきなり(自分にとって)知らないおばさんに「本当のお母さんよ」とか言われたら、とか考えるとね。

ところで、おそらくこれは第2話以降で明らかにはなるのだろうけれど、広って結衣の記憶はあるのだろうか、と思うわけ。幼稚園児だったから、と言うかもしれないけれど、誘拐の恐怖とひとりにされた極度の不安でそれまでの記憶が全てなくなっていたとしても不思議ではないと思っている。と考えれば麻子のことを母親と慕うのも納得いくし。

ただ仮にそうだった場合、愁平は広が3歳の時に誘拐されたということから広に説明しなければならないわけで、その記憶を思い出させた上で本当の母親が見つかりましたと説明出来るのか考えると相当難しいと思うのよね。広に相当なストレスを与えかねないことが出来るとは思えないから。

逆に、広の記憶がちゃんと残っていた場合、それこそ自ら愁平なり周囲の大人に誘拐されて両親と離れ離れになったから探して欲しいと言えばすぐに見つかっただろうと思うのね。

と考えると、そして第2話の予告で麻子が手紙を書いていたことを考えると、ある程度(何年も)麻子と広が一緒に暮らした後に広の事件を麻子が知って、広にそのことを教えた上で広に選んでいいよと言ったのかなあ、とか。

現時点での私の想像としては、広は結衣との記憶もある上で麻子を母と呼ぶことを選択しているけれど、でも実の母親に対する情が無くなった訳ではないから会うことを強く願ったのかなあ、と。

そう考えると棒読みにもなるよなと思うんだよね。感情が複雑すぎて頭が追い付かない状況の中で、でも何かは言わなきゃならなくて、となったらああいう感じになるんじゃないのかなあ。

まあ、次回観てみないとなんとも言えないけどね、この辺りに関しては。

 

 

ところで。ツイッターではちらっと呟いたのだけど、『ねほりんぱほりん』という番組がNHKEテレでやっていて(今は終わってしまったけれど)、ざっくり言えば色々な人に顔出しをしない(人形で話す)ことを条件に根掘り葉掘り聞こう、という内容なのだけど、昨年暮れにその番組で養子について取り上げていたことがあった。実際に養子の人(高校生だった)に話を聞いて、自分が養子だと知った時はどう思ったか、とか、実の親に会いたいと思わないか、とか色々訊いていた。

このドラマの感想を書くにあたってどうしてもその時のねほぱほが気になって録画を見たのだけど、当初見た時とはまた違った感情になった。当初は育ての親と養子である自分がどう関わっていけばいいか、どう家族になっていけばいいか、ということに焦点が当たっていたのもあって私もそこをメインに見て考えていたし、その養子の人は特別養子縁組(育ての親が本当の親ということになって生みの親との関係は完全に切られる)だったからそれで良かったのだけど、これで生みの親が来てどちらも自分が親だと主張し出したらきついよなあ……、と。

広にしても、広の気持ちに寄り添う愁平にしても、相当きついし辛い選択をしなければならないんだよなあこれから、と思う。そう考えると改めて、裕翔くんとんでもない役もらったよなと思うし、同時にそういう役が出来ると思われてオファーがあったということが嬉しいなとも思う。

 

次週が本当に気になるし、見逃したという人も公式HPに行けば見逃し配信のリンクが張られているので見られるよ!(ステマ)

www.ntv.co.jp