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都会で奇跡のやまびこ?

Hey! Say! JUMPの話がしたいために作ったブログ

『母になる』(おそらく)半分終わって思うこと

こんばんぬ。もう諦めた ベリカです。

木曜日って録画していた『リトルトーキョーライフ』『いただきハイジャンプ』をまず朝に観て、帰宅したらだいたいちょうど『VS嵐』が始まるので見て、録画していた『めざましテレビ』も見て、『母になる』の録画を観返しつつ感想をブログに書いて、とやっていると寝る時間になるので他何も出来ないっていうね。諦めたけど。

観るものいっぱいあるのは嬉しいのだけど、もうちょっと曜日ばらけてくれてもいいのだけどね。

 

 

『母になる』が昨日第五話だったので、全十話だとすると半分が終わったということになるんだよね。ということでここまで観てきて思ったことなんぞを本日は書くよ。本当は第五話の感想を書こうと思っていたのだけど、まずこれを書かないと先に進めないなとなったので。私の中で。

 

このドラマを観ながらずっと引っかかっていたことがあったのだけど、昨日の第五話を観てようやく気付いた。これは大人のためのドラマなんだな、と。

以前から何度も書いているけれど、このドラマって広の立場で考えるともっと配慮をしなければならないんだよね。そもそも自分が誘拐されたことを覚えているのかどうか、から始まるのだけど、恐怖や不安で覚えていないのであればそこから説明しなければならないし、そうなれば相当慎重に伝えなければならないと思う。広も施設にいるからには自分が多少は(両親がいて家から通うような)他の子とは違う何らかの事情があるということは気付いているだろうけれど、まさか3歳の時に誘拐されたとか赤の他人に育てられたとか中学生になって本当の親が見つかりましたとか想像もしないだろうし、そんなことを一気に説明されたらパニックになるよね。少なくとも私はなるよ。

の割には、広は淡々としている(ように見える)し、愁平も広が柏崎家で暮らすと決めてからはそこまで広に気を回していないようにも見える(しばらく観察は必要だといった意味合いの台詞はあったけれど、実際やってる?、っていう)。私はずーっとそれが気になっていて、いやあまりにも広に配慮しなさすぎじゃないか、とか、私が広の立場だったらもっとずっと訳分からないままだよとか思いながら観ていた。誰に一番感情移入をしていたかといえば広だった。

でも昨日の第五話を観てようやく気付いた。これは大人の目線で観るべきドラマなのだ、ということに。

 

昨日はナウ先輩が実の母親に会いに行ったけれど、母親はナウ先輩に冷たく、子供より自分の生活の方が大事と言わんばかりに、ナウ先輩に暴言を吐いた上逃げるように去って行ってしまった。けれどナウ先輩はそんな親でも自分の本当の母親だから、産んでくれたたった一人の母親だから、と言い、その態度や言葉で広も柏崎家に戻ることに決めた、という流れ。

正直な話、このくだりを観た時は、あー……、と思った。

ナウ先輩は立派だと思う。冷たくされひどい言葉を浴びせられても産んでくれた母親は大事だと言い切るなんてなかなか出来ないと思う。

ただ、そうなんだよ、【なかなか出来ない】んだよ、そんなことは。

血が繋がっていようがなんだろうが、実の親だろうがなんだろうが、好きになれないという人も世の中には一定数いるだろう。親に酷い目に遭わされた子供だって相応数いるだろう。以前テレビで、親が殺人犯のため定職に就けない(親のことが発覚した途端に解雇されるから)という20歳くらいの人がインタビューを受けていたけれど、私はその人に対して実の親なんだから大事にしないとなんて絶対に言えない。そういう、その人には落ち度が無いのに親のせいで人生を大きく狂わされたような人は、昨日のドラマを観てどう思ったのだろう。私はそれが気になって、正直入り込めなかった。

 

なのだけど色々考えて、このドラマは大人(というか親)に対して都合がいい内容なのだなと気付いた。都合がいいという言い方は語弊があるかもしれないけれど、エンターテイメントというのは誰かにとって都合がいいように出来ているものだと私は思っている。誰の得にもならないエンターテイメントを誰が楽しめるのかという意味で。例えばなんの取り柄もない主人公女子がいきなり学校イチの人気者男子に告白される、とかいう内容ならば女子にとって都合がいいものだと思うし、平社員が会社でのし上がっていく話ならサラリーマンにとって都合がいいものだと思う。そういう意味で、母親にとって都合がいいドラマなんだな、と。だって子供を産んだからといって自動的にいい母親になれるかといったらなれない人もいるわけで、子供より自分の生活の方が大事だけど、でも子供は実の母親(である自分)をずっと好きでいてくれている、なんてすっごい都合がいいと思うよ。

 

とはいえ別にそれがいい悪いとかではなくね。というかエンターテイメントってそういうものだと思う。現実はそんな甘くないとしても、じゃあわざわざドラマで現実そのまま観たいかといったらそんなことはないと思う。少なくとも私は嫌。非現実であろうがファンタジーであろうが、私は基本的にハッピーエンドなものが観たいし、都合がいいものが観たい。もちろんその、どういう風に都合がいいかによって好き嫌いは出てくるけれど、それは好みの問題であっていい悪いではないし。

 

ただこのドラマは子供の気持ちに寄り添ったり感情移入して観ると、子供がいい子過ぎてしんどくなるのだなあ、ということに昨日気付いた、っていう。まーこれもね、私自身がクズだからしんどいというのもあるんだけど(笑)。いや笑い事じゃないか。もし私がもっと出来た人間だったら広なりナウ先輩の気持ちにもっと感情移入出来たのかもしれないなと思う。2人とも大人が望む子供として描写されているから(と私は思っている)、いい子なんだよね。なのでいい子ではなかった私は、こういう風には出来ないなと思うことが多いなという、そういうこと。

 

 

でもって。

昨日の第五話は確かにいい話だとは思うけれど、でも声を大にして言いたい。

あれが正解というわけじゃないから、と。

正解というのはつまり、【自分を産んでくれた母親ならたとえどんなクズだろうと酷い仕打ちを受けようと大事だし好き】なわけではないよね、という。

あくまで、ナウ先輩はそうだった、というだけの話なのだと思う。昨日のは。

世の中には実の親がどうしても好きになれない人もいっぱいいると思う。でも別にそれが間違いでナウ先輩のような子が正しいわけじゃないと私は思う。そもそも感情を正邪で判断するのがおかしな話なのだけど。単に、この人はそうだ、私はこうだ、人の数だけ、人生の数だけそれぞれの想いがある、というそれだけでいいんじゃないかな。

ナウ先輩は偉いと思うけれど、そう出来ない人が劣っているとも思わない。

けれどもしかしたら昨日の放送を観て、実の親を大事に思えない自分はダメな人間じゃないかと思ったりとか、または実の親がいなくて例えば養子だとか施設にいたとかの人が自分を卑下したり責めたり劣ったりしていると思う人がいるかもしれないなと思うと、別に何が出来るわけでもないのだけど、辛いなと思う。私が何か言ったところで説得力があるわけではないのだけど、いやでも間違ってるとかじゃないからね!というのは声を大にして言いたい。あのドラマは親の立場の人(今であったり将来的であったりね)が観て楽しめるように出来ているのであって、単純にターゲット層ではないんだなーくらいの感じだからね、と思う。エンターテイメントって老若男女皆同じように楽しめるものばかりじゃないし、男性が主に好むとか女性が主に、とか色々細分化されているわけで、単にそういうことなんだと思う。

 

 

ちょっと話はずれるけれど、以前、某深夜ドラマをずっと観ていた時の事。面白かったけれど細かいところでちょいちょい突っ込みどころのあるドラマだった。なのだけど最終回のひとつ前の回で、そういう突っ込みどころがあるのは分かってますよ、でもあえて触れてませんよ、的なセリフがあって、ああそういうことか!と目からうろこが落ちた気分だった。連ドラなんて回数も時間も決まっているものだし、それこそ全部丁寧に描いていったら時間が全然足りないわけで、何を省略するかというのは本当にセンスが問われるところだと思う。創作物って基本的に何を作るか、加えるかというよりも、何を削るかの方が大きいから。

で、そのドラマは、細かいことは気にするな、それよりスピード感重視なんだよ、という作りだったということに最終回手前でようやく気付いた。言われてみれば最初からそんな作りだった。これ分かった上で最初から観返したい!と思ったけど、そんな時間もなく今に至る。

私は元々あまりドラマを観ないこともあって、制作陣がどういう意図で作っているのか、どう観れば一番面白く観られるのか、ということに気付くのが遅かったりであるとか下手をすると最後まで気付かないということもある。というかそのドラマで初めて、制作陣の想定する観方で観るのが一番楽しく観られるんだ、ということに気付いたくらい。

でもって、『母になる』はタイトル通り母親に向けてのドラマなのだから、私も大人の視点で観るべきだったんだなあ、と昨日ようやく気付いた。別にこれ、誰かに対して強制とかではなく、単に私はそう観るのが一番面白く観られると思った、っていうそれだけの話なのだけど。今まで広の立場でずっと観てきたから色々引っかかる面もあったのだけど、3人の母親視点で観た方が色々スッキリするんだろうな。

 

……と書いていて、お前今更気付いたのかよ!と自らに突っ込みたくなったけど、まあでも半分で気付いたのでいいということにするよ。レッツ ポジティブシンキング!