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『Myojo』の伊野尾慧10000文字インタビューの感想を書くよ 後編

こんばんぬ。パルムなかった ベリカです。

昨日の『リトルトーキョーライフ』を見てからずーーーーーーーーっとアイスが食べたい食べたいとなっていて、パルム買うぞーとか思いながらスーパーに行ったら置いていなかったっていうね。売り切れではなく単純に元から置いていないっぽかった。

がっくりしつつ、でもチョコモナカジャンボは買ったよ。パキッと折ったよ。明日こそパルム買おう。

ってお前ダイエットはどうした。えーっと、明日……いや明後日から!

 

 

伊野尾くん10000文字インタビュー、今回は後編。

相葉ちゃんとの関係性は本当に素敵だなといつも思う。相葉ちゃんにとっても、基本とても一緒にいる人に気を遣う人だからこそ、いい意味で雑に扱えるいのちゃんといるのは本当に楽しいのだろうなと思うし、いのちゃんにとっても悩みを相談出来る先輩がいるというのは本当にありがたいことだろうなと思うよ。悩みって人に言うだけでも大分楽になるけれど、なかなか言う相手を選ぶところもあるし。

 

「どんなに泣いても当事者にはなれない」というのが本当に伊野尾くんなんだよなと最初読んだ時に強く思ったし、読み返しても思う。いのちゃんって本当に自他の区別が強くついている人なんだよなというのはずっと思っていて、それは簡単に言えば自分以外は全て他人というね。他人というのは言い換えれば他の人格。要するに自分ではないのだから例え家族であっても親友であってもメンバーであってもその人を100%理解出来ることは一生ないし、その人の痛みや苦しみを100%感じることも出来ない、ということ。

以前読んだ話で、『コミュニケーションというのはディスコミュニケーションを認識することから始まる』というものがあって、つまりは自分以外は全て他人であり、他人なのだから100%理解することも100%分かり合えることも絶対に無理、ということを認識し、分かり合えない部分はどんなに近い関係性でも絶対に生じる、ということを認識することから人とのコミュニケーションは始まるのだ、と。言われてみればそうだし、頭では分かるんだよね。でも感情的になると、何で分かってくれないの、と思うことはどうしても生じるわけなのだけど。

なんだけどいのちゃんという人は以前にも書いたけど完全理系の人だからなのか、曖昧な部分が少ないというか、出来ないものは出来ない、とびしっと線引き出来る人なのだと思う。他人(他の人格)を100%理解することは出来ません、他人の痛み苦しみを100%感じることは出来ません、だから中途半端に他人の痛みで泣くのはおかしいと思う、という0か100かの考え。

でも特に人間関係においては0か100かのどちらかでなくてもいいのだと思う。それこそ20とか30でも理解してくれたら、理解しようとする気持ちが感じられたら嬉しいと思うこともあるし。

 

アイドルというのは人間性や人柄を見られる仕事、というのは本当にそうだなと思う。毎月ドル誌を読んでいると、この大量のページを埋めるだけの質問をされて答えているわけで、常にアウトプットしなきゃいけない仕事なんだよなと思う。

こんなことを言うと一緒にするなと怒られてしまいそうなんだけど、毎日ブログを書いていると、調子よくすらすら書ける時と眠いとか疲れたとかで全然キーボードを打つ手が進まない時とあって、時には絞り出して書いてアップしたりもするのね。読んでいただいている方には申し訳ないことを言うけれど、いつでも100%の力で書けているわけではないというのが正直なところ。

とはいえ私は単に趣味でやっているから置いといて、彼らは仕事なわけで、それこそ色々な仕事で取材受けたりアンケートに答えたりする中で、喋ることいっぱいだぜー一気に書けたぜーという時もあれば、ほんっと言うこと書くことなくて絞り出す時もあるわけで、実際そういう時に人間性って出るんだよなと思うし、私の経験から言えば全然進まなくてなんとか絞り出して書いたブログの記事がえらいアクセス多かったりとかするので(当社比)、絞り出す時の方が濃いもの(笑)が出ているのかなとか。私はともかくそういうところってあると思うのだよね。その人にとって100%ばかりを見せることが出来るわけではないのだけど、それが面白かったりっていうのは。

で、いのちゃんもずっとアイドルの仕事をしてきて、大学時代は授業と両立してきたわけだから本当に大変だったわけで、時間的にも精神的にも100%アイドルの仕事に懸けられたわけではないと思う。でもそういう姿も評価されてファンに好評だったというのもあって、0か100でなくてもいいんだというのが徐々に実感として分かってきたんじゃないかなあ、と勝手に想像している。それがいのちゃんの中で明確になったのが震災時のらじらーだったのかなとか。勝手にね。

そしてだからこそ、「ファンは味方」なのかなとも。それだけではないだろうけれど、0か100でないところも評価して好きでいてもらえている、というのはいのちゃんにとってほんと嬉しいことなんじゃないのかなと。

以前、いのちゃんという人は結果が先にあってどういう風に割り振るかを考える人なんじゃないかということを書いたのだけど

m-yamabiko.hatenablog.jp例えば今日使えるエネルギーが100あります、今日の仕事は3つあります、となった時に、最初の仕事に20、次のを50、最後のに30、で合計100で今日は動きます、と割り振ってその通りに動ける人なのだと思っているのだけど、逆に言えば、最初の仕事の段階では100もっているけれど20しか ”使えない” 人なのだとも思う。割り振った分はきっちり使うけれど借金も貯金も出来ない感じ、なのではないかと。

そうなると、(周囲がどう見るかは置いておくにしても)伊野尾くんの中では100%をひとつの仕事だけには使えないという判断がくだされているわけで、とはいってもそのことに対してコンプレックスとか何で出来ないんだとかではなく、出来ないから仕方ないよね、という割り切り方をしているのだろうとは思うのだけど、ただ、そういういのちゃんの部分も纏めて好きだと言ってくれるというのは本当に嬉しいことなんだろうなと。

 

そして、出来ることと出来ない事をきちっと分けて、出来ない事は出来ないのだから仕方ないと線引き出来る伊野尾くんだからこそ、予想外のことが起こるアイドルという仕事が楽しくて仕方ないのだろうなとも思う。線引きが出来る人というのは失敗は少ないけれど出来ない(と判断した)ことには手を出さないから。

想像以上のことが起こるというのは、同時に視野を広げて選択肢の幅を広げることにもなっているのだと思う。知らなかった世界を知ることで、新たにこういうことが出来るようになりたいとか思えるわけだし。つくづく、アイドルという仕事は色々な経験を楽しめて視野が広がることが嬉しいと思う伊野尾くんにとって天職なのだろうなと。

そして本当に、全ての経験も知識も無駄にはならないのだよなと思う。また私の話になって申し訳ないけれど、お笑い好きなことがこのブログを書く時にも活かされたりとか、全然関係ないところで読んで知った知識が違う分野で活かされたりとかあるし。

今日の『めざましテレビ』でものつくり大学のロケ風景が流れていたけれど、あれも当然ながらいのちゃんが大学の建築学部出身だから行けたわけだし、大学のことがきっかけとなって受けた取材も数多いし、本当に何が役に立つか分からないんだよね。

以前、「『こんな公式とか覚えて何になるんだよ』という学生は、将来そういう公式を使わなくていい人生しか選択出来ない」という文章を読んで、なるほどなと思った。勉強をして知識を増やすというのは選択肢を増やすということに繋がるのだよなと。

 

伊野尾くんは基本的に「楽しいことだけ話していたい」人なわけだけど、そんな中でも、高校時代辛かったけどあの頃があったから今があるという話をしてくれるのは本当に嬉しいなと思う。実際、今中学や高校に通っていて、毎日辛い楽しくないと思っている子も読むと思うんだよね。それを読むことによって、今は辛いけど伊野尾くんが言う通りこれが何かに繋がって将来楽しくなる、という希望が持てるというのはほんっとに素敵なことだと思うし、つくづくいのちゃんって優しいなとも思う。しかもそういう話を、俺も辛かったけど乗り越えた今は楽しいから君も頑張ろうよ!、とかではなく、あん時色々あったんですけどねー今に繋がってますよーありがたいですねーという軽い感じなのがまたいのちゃんだよなあと。

 

そして「みんなの前で『ありがとう』と言うのは恥ずかしかった」と前のページで語っていた伊野尾くんが最後にメンバーに対して選んだ言葉が『ありがとう』なのがね!おそらくこれは計算ではないのだろうから、余計にその5文字に重みを感じるよ。実際、メンバーに対してはいくら言葉を尽くしても言い切れないくらいの想いがあるのだろうなと思うし、だからこそのありがとうなのだろうな。

 

 

改めてじっくり10000文字読んで、伊野尾くんのファンは幸せ者だなと思った。いや別に裕翔くんのファンであることに不満があるとかではなくね(笑)。ただでも、本当に大事に思ってくれているのだなというのはこの10000文字で強く感じたから。

そしてブログで感想を書くことがなかったらこんなに読みこむことはなかっただろうから、そういう意味でも良かったなと個人的なことを書いて終わるよ。