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関ジャニ∞『ジャム』初回Aの特典映像【フトコロノカタナ】感想その3 ~安田章大編~

こんばんぬ やっぱ出ないや ベリカです。

今回のタイトルを打ちながら、『章大って変換で出ないんじゃないか?』と思っていたらやっぱり出なかった。なので単語登録したよ。

信五も(私のパソコンでは)ばらばらでないと変換出来なかったのでしんごで登録。そういやJUMPにハマった時も裕翔を単語登録したわ。今普通に使っているから忘れていたけども。スマホだと人名事典を入れているのもあって割とスムーズに使えるのだけど、パソコンは単語登録しないとなのでひとつひとつ入力しているよ。

 

 

さて今回はフトコロノカタナの安田くん編。つい先日ハマった人間がうっすーい知識で感想を書いているので温かい目で読んでいただけると幸い。

 

実は観返していて気付いたのだけど、安田くんって即答しているのね。他の人は迷ったり持ち帰ったりしているのに。スタッフさんが「みんなには説明したんですけど」と言っていたから最後だったのだろうし、まさか最後の最後に即答されるとは思わなかっただろうな。でもその即答ぶりが安田くんという気もする。

でもって公園のベンチを選んでまずは目黒川の桜を見に。「ぶらり旅がしたい。一番したい仕事」と言う安田くんに、『なぐりガキBEAT』の新春特盤に入っていた7人だけの新年会で2017年やりたい仕事に街ブラ的なことをあげていたのは本気だったのかー!となった。いや他のメンバーがわりかし熱いことを言う中でのそれだったから(あとそれ観た当時はまだ特にファンというわけでもなかったから)本気なのか冗談なのか分からなかったのだけど、そうか本気なのか、と。

でも似合いそうだなーと思う。『ジャニ勉』のロケも楽しそうだし。

そして、予測不可能なことが起こるのが楽しい、というのがまた安田くんっぽいよなあ、と思ったりした。

 

ロシア人の旅行客と話す安田くん。一生懸命自分の知っている英語を駆使してなんとか伝えようというその姿勢が安田くんなんだよなあ、と思う。決して難しい言葉を使っているわけではないし、(学生時代英語が苦手だった私が言うことでもないのだけど)文法としてはところどころ間違っているよねとは思ったのだけど、伝えたいという気持ちの強さで伝わるんだよなあ、こういうのって。

 

で、ここすっごくいいなと思ったくだり。

奄美大島で飲んだという話。午後4時くらいに食堂に入ったら地元のおじさんが3人だかいてその3人とずっと喋って飲んでいた、と。

で、これが安田くんなんだなと思ったのが、「午後4時くらいなんですけど、(地元のおじさんの)一人もうべろっべろなんですよー(笑)」

これな!

世間的、というか社会生活的なことを考えると、”夕方4時くらいに外でべろっべろに酔っぱらっている人” というのは少なくとも褒められる人ではないわけね。遭遇した場合、どちらかというとちょっと引いてしまうというか、えっ、となってしまうことの方が多いと思う。なんだけど安田くんは完全に面白がっているんだよね。そういう、世間一般における言ってしまえばちょっとはみ出てしまっている人のことを面白いと思って好意的に見ているわけ。

こういう人がひとりグループ(というか集団)にいると、それだけで生きやすくなる人が必ず出てくるんだよね。世間のレールに乗れない人間というのは(表に出すかどうかは置いておくにしても)乗れない自分を自覚していることが大半なので、それでもいいよ、そんなあなたも面白くていいですよ、という態度で接してくれる人がいることがどれだけありがたいか!力説していることでお分かりかもしれませんが私もはみ出ている側の人間なので(昼間から外でべろっべろに酔うことはないけど、他の面で)、同じ集団に所属している人の中に安田くんみたいな人がいるとそれだけで本当に楽になれるんだよね。

 

でもって。

これを観た時私は、安田くんという人はそういうことに対して無意識な人なのかと思っていたのね。自分の言動がはみ出ている人を救えるということに対して。だってそれは安田くんにとっては当たり前のことだから。自分が面白いと思ったり好意的に思うことに対して他の(大半の)人はそうではないということがあったとして、それを頭で理解することは出来ても、自覚し積極的に活かすのは多少の難しさがあるだろうなと思う。なぜなら自分にとっては当たり前のことだから。なんでもそうなのだけど、自分が当たり前にごく普通に出来ることが実は他の人にとっては難易度が高い、という場合って分かっていてもでも自分は普通に出来てしまうからそこに自ら価値を見出すのってなかなかに難しいことなんだよね。

なんだけど、『Dear Eighter』のパンフを先日読む機会があって、というか中古で買ったんだけど、読んでいたら安田くんが錦戸くんのことを「性格的には扱いの難しい人」という風に言っていて(悪口ではなくね)、なんというか、正直全然分かっていないんだけどなんか分かるなあというか。

私の中での錦戸くんという人は、例えるならば「毎日10時間バンドの練習をすれば飛躍的に上手くなります」と言われたら「じゃあやろうや。え?なんでやらへんの?上手くなりたいやろ」と素で言える人というか。言われた方にしてみれば、いや確かにそうなんだけどその時間を捻出するためには色々削らなきゃいけないわけだし仕事もあるしさあ、っていう。そんな感じ。違うかもだけど。正論は正論なんだけど、っていう。そういう意味でぶつかったり雰囲気が悪くなったりということもあったのかもなあと思うのだけど、そんな時にきちんと真正面から受け止めていたのが安田くんなんだろうなとも思った。なので『Dear~』を読んだ時、自覚してたのか、となったんだよね。

とはいえ確かに自分の武器を自覚していなかったら芸能界でやっていけないのか、とも。安田くんは特に作詞作曲もするから、何が自分の武器なのか売りなのかということを客観的に見ることで作品にもそれが活かされるところはあるだろうし。

 

ベンチに座る安田くん。この人は本当に音が好きで音を楽しんでいるんだなあ、と思った。『JUKE BOX』DVDの初回盤に入っている24時間共同生活の中で最初に荷物や携帯電話を没収されるのだけど、それは普通に受け入れていた安田くんが音楽プレーヤーも没収されると知ってちょっと抵抗したのがすごく印象に残っていて、ほんっと音楽と共に生きる人なんだろうなあ、と。

 

ギタリストの課題としてもっと上手くなりたい、技術を習得したい反面、「宴会でコード弾けたらいいんですよ」と言う安田くんの話を聞いて、安田くんの音楽の根底にあるのは小さい頃おじいさんが弾いていたという三線なのだろうなと思った。安田くんにとっての音楽は演奏することによって人を楽しませるものなのだろうな。人が好きで人のいいところ悪いところ全部含めて愛せる安田くんにとって、音楽で人を楽しませることが出来るというのは自分の喜びでもあるのだろうなあ。と考えると、安田くんの作る曲が自己主張激しくなかったり(少なくとも私にはそう聴こえる。すばるくんや錦戸くんの曲は、俺はこういうのが作りたいんだー!という強い意志を感じるんだけど、安田くんの曲にはそれを感じないというか)、関ジャニというグループの中にいても俺が俺がみたいなこともあまりなく、縁の下の力持ちな仕事も嬉々として(あくまで私が見た印象)こなすのも分かるなあ、と思った。安田くんの作る音楽は自己表現というよりも聴き手を楽しませるものの意味合いの方が大きいのだろうし。

 

で、「義務になるのなら辞めた方がいい」発言の後にぶっこむスタッフさん。「義務の反対ってなんですか」これうわあああああー、となったよね。そういう質問するか!めっちゃ踏み込むよね。しかもちゃんとがっつり話を聞いた後にぶっこんでくるのがまた!

たっぷり考えて「無意識」と答える安田くん。なんつか、あああそうきたかー、となった。義務の反対で無意識ってなかなか出そうで出ない単語だと思うんだよね。いわゆる安田語というものなのかもしれないけれど、なるほどなあ、となった。

安田くんにとっては、”楽しめているか” が基準なのだろうな。いくら儲かる仕事でも楽しくなかったらやる意味はないのだろうなあ。心の充実度が一番大事な人なんだろうね。だからこそ彼の作る曲は魅力的なんだろうね。

 

 

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