都会で奇跡のやまびこ?

Hey! Say! JUMPと関ジャニ∞

安田章大くんの発する言葉からあれこれ考えたという話

こんばんぬ 疲労困憊 ベリカです

年末だからなのかなんなのか分からないけれど、というかおそらく歳だからというのが一番合っているのだろうけれど現実を見ないで生きているのでいやー分かんないなーと言い続けるけれど疲労困憊だったのよ。いやなんだよその出だし、って読んだ方は思われると思うんだけど私が一番そう思っているよ(だからいいわけではない)。

まあとにかく昨日の夜はめっっっっちゃくちゃ疲れていて、帰ったのが22時くらいだったのだけどMステを観る元気もなくて今朝も疲れ取れないーと思いながらだらだらしていたのだけども、メレンゲの気持ちと関ジャニ∞クロニクルといただきハイジャンプとジャニ勉(MXの5ヶ月遅れの)を観ていたら元気になってきたよ。バラエティすげえ!!!萌えってすげえ!!!

好きな人(達)を見るというそれだけで人って元気になれるんだなと改めて思った年の瀬でした。ありがとうJUMP。ありがとう関ジャニ。来年もどうぞよろしく!

 

 

でもって元気を取り戻したのでブログを書こうと思うよ。本当は書きたいことがいっぱいあるんだよー!Myojoの10000文字感想とかジャム初回Aフトコロノカタナの感想とか。未成年だけどコドモじゃないは明日観に行く予定なのでそれも。ただ疲れ切っていて全然書けなかったんだよね。と言いつつ本日は全然違う話なんぞを。正直まだ纏まってはいないのだけどこれ今書いておかないといけないやつというのが私の中であるので。

 

 

時には安田語とか意味が分からないとか言われることもあるのだけど、私は安田くんが発する言葉が好きなんだよなーというのは関ジャニ∞のファンになってから常々感じていた。どこがどう、というのを具体的に説明が出来るわけではないのだけど、でもなんだろう、私の感覚が好きだと言っているというか(ぼやっとした表現で申し訳ないのだけども)。

ところで。言葉というのはその人の性格や考え方を如実に表すよなーというのは常々思っているのね。どんな単語を選ぶか、どう表現するか、とかそういうことのひとつひとつにその人が表れると思っているし、私も相当自分をさらけ出しているのだろうなとは思っているよ。無自覚ではあるけれど。なので逆に言えばこういう人になりたいという目標があるならば意図的にその口調を真似るというのも効果的ではあるんだよね。喋る時は難しいかもだけど書く時なら自分のペースで考えながら書けるわけだし。と話がそれた。

で、どういう言葉を選んでどういう風に伝えるかというのはその人を表すものだと思うのだけども、安田くんの発する言葉は心地がいいというか、攻撃的だったり他人を傷つけたりするような言葉が明らかに少ないなと思っていて、やっぱりそういうところが安田くんの性格なのだろうなと。

 

関ジャニのファンになって最初の頃は、安田くんという人はもっと感性で生きているのかなと思っていたのね。言い換えれば、それで生きていけるくらいの感性を持った人、ということなのだけど、実際今の職業に就いていなかったとしたらもっと感性で生きていたんじゃないかなとも勝手に思っている。ので、言葉を多彩に操る人だというのを知った時は正直驚いたというか意外だった。もちろん作詞の凄さは知っていたのだけど、もっとなんというか例えるなら、んーなんか適当に書いてたら出来たんですよおー、みたいな雰囲気だと思っていたので(バカにしているわけではなく、何でそれで出来るのこの人は!と周囲は思うけれど本人的には普通のことという感じなのかなとね)、作った曲についてこうでこうでと流れるように説明するのが意外だった。

でも考えてみれば彼はアイドルなのであって、アイドルって常に言葉を発信する(させられる)職業でもあるのだよなと。関ジャニはもう卒業したけれど現在アイドル誌が5誌あって、毎月その全ての取材を受けつつテレビ誌であるとかCDが出ればその関連の雑誌にインタビューを求められるわけで、もちろんライターの手が加えられる部分もあるだろうけれど色々なことを言葉で発するのがアイドルの仕事(のひとつ)なんだよね。それを私はJUMPにハマってドル誌を買うようになって気付いた。めっちゃくちゃ【言葉】を求められる職業であって、アイドルは皆それをなんてことない顔をしながらやっているのだよなあ、と。

なのでさっき、安田くんはこの職業に就いていなかったらもっと感性で生きていたのではないかと思っているという理由はここなんだよね。アイドルだからこそ毎月毎月言葉を求められたところはあると思うので。もちろんミュージシャンも俳優も言葉を求められるところはあるのだけど、リリースや作品出演といったことがなくても定期的に取材やインタビューを受けるのってアイドルが一番多いと思うから。そして何でもそうだと思うのだけど、言葉もまた日々使っていけば上達するし洗練もされるし、環境の中で磨かれていった部分はあるのだろうなと。

 

 

その上で私が安田くんの言葉で好きだなと思うところが、安田くんって言葉を発することが目的にはなっていないんだよね。あくまで手段の一つとして言葉を使っているなという感じがして(具体的に何がどうと説明が出来ないのだけど)、そこがまた好きだなあ、と思う。

 

言葉というのは感情であるとか思考であるとかといった形のないものに対して目に見える形を作る行為であって、そして形作ればそれで終わりかといえばそんなことはないんだよね。目的は形を作ること自体ではなく、可視化して相手に理解してもらうこと。いや別に理解である必要はないか。何らかの判断をしてもらうというか、受け入れる受け入れない分かる分からないはともかくとして、こちらはこういうことを思っていますよとかこういう感情でいますよということを形として表すやり方だから、時には分からないということを分かってもらう行為でもあるんだよね。

言ってしまえば当たり前なことではあるのだけど。私も普段別に言葉が手段だと認識して話したり書いたりしているわけでもないし。ただ例えば、外国語学習においては目的と手段を混同してしまう可能性って何気に多いなとは思う。本来は喋りたいこと伝えたいことがあってそれをスムーズに伝えるために外国語を学ぶはずなのに、外国語を覚えることが先にきてしまって文法も単語もいっぱい覚えたけど話したいことは特になかった、とかね。英語が話せれば仕事の幅が広がると思って懸命に勉強したけれど英語以外の知識がないから結局仕事には活かせなかった、とか。目的と手段を混同させてしまうということは割にあることなんだよなと思う。

 

そんな中で、安田くんの言葉は完全に手段のそれだなと感じることが多いなと思う。なんでだろうと考えたのだけど、理由の一つとしては彼がちょいちょい言葉の選択を間違う(そしてそれをさして気にしていないように見える)ことなんだよなと。

『8UPPERS』のDVDにて。コーナーの罰ゲームとして即興でメンバーに感謝の手紙を送るというものがあって、安田くんが丸山くんに手紙を読むことになった。その中で安田くんが「マルの中にあったわだかまりも解けて~」と言ったことにえっ!?となるメンバー。読み終わってから2人の間にわだかまりなんてあった?と訊いたところ、2人の間ではなく丸山くんが周囲に対して壁を作って見せられなかった部分が昔はあったけれど今はそれもないよねという意味だと。それわだかまりちゃう!と安田くんがめっちゃ突っ込まれる中、「いや俺は分かったから」と言う丸山くん。私この流れほんっと好きで!このくだりだけ何回観ただろうっていうくらい好き。

なにが好きって言葉のチョイスを間違っているのに丸山くんだけは意図したことをちゃんと汲み取るところ。確かにコンサートの1コーナーで何万人ものお客さんの前なのだから間違ってはいるのだけど手紙という形式を考えると丸山くんにさえ伝わればいいんだよね究極を言ってしまえば。手紙の相手にだけ届けばいい。別にそう認識して言っていたわけではないだろうけれど、例え間違っていようが届けたい相手にさえ伝わってくれればいいという感じとか、やっぱり手段として使っている人なんだろうなと思う。もちろんこれだけではないのだけど、誤解を恐れず言えば言葉にあまり重きを置いていないというかあくまで自己表現の手段のひとつとして考えているのだろうなというのはなんとなく感じるんだよね。

 

そして自己表現の手段のひとつではあるのだけど、同時に安田くんってすっごい饒舌だなとも思う。先日買った『ViVi』でもがっつり語っていたし、ものすごく外に発信したいことがたくさんある人なのだろうなと思う。

で、つくづく思うのが、安田くんの中にあるものというのは本当に多彩で複雑で色々あり過ぎて言葉が追い付かないのだろうなと。さっきも書いたけれど言葉というのは形のないものに対して目に見える形を作るものであるから、やっぱり形は決まってきてしまうんだよね。もちろん言葉は数えきれないくらいあるし色々な形があるわけだけども、既存の言葉に当てはまらない形というのもたくさんあるわけで。

イギリスに留学していた友人が以前言っていたのが、イギリスにはゲリラ豪雨という名称はないと。なぜなら雨はいきなり勢いよく降るものだから。このことに限らず、その国の文化や風習といったようなことであるとか、そういう色々なことから言葉というのは生まれてくるわけで、となれば当然既存のものに当てはまらないものもたくさんあるんだよね。

安田くんって髪色や髪型をころころ変えるしファッションも独特だけども、そういうこと全てが安田くんの自己表現なのであって、そういうのを見ているとそりゃ既存の言葉で全部カバー出来るわけ無いよなとも思う。そりゃあ言葉が手段のひとつにもなるわなあと思うし、同時にあくまで手段の一つと(おそらくだけど無意識に)捉えて色々な方法で自己表現をしようとする姿勢が素敵だなとも思うし、逆に言えばそうしないと表現しきれないのだろうなとも思う。でも、私は安田くんの中にあるものを全く分かっていないけれど、おそらく安田くんの中にあるものを全部何らかの表現として外に出すにはあと100年200年じゃ足りないんじゃないかなとも思っている。

 

 

ということを考えると、安田くんってジャニーズで良かったなあ!、と。ジャニーズって割と本人のやる気に任されているというか、これがやりたいということがあればやらせてくれる事務所だと思うんだよね。作詞作曲であるとか楽器とかコンサートの演出とか色々。

安田くんほどの実力があれば(アイドルではない)ミュージシャンとか裏方に回って作詞作曲とかスタジオミュージシャンとか色々道はあったと思うし、何かが違っていたら関ジャムのゲストで呼ばれるような人になっていたかもしれないけれど、でもやっぱりアイドルが、そしてジャニーズ事務所が一番安田くんに合っていたんじゃないかなとも(勝手に)思う。

そうなるとあれだよね、安田くんってカッコ良くて良かったよね!(結論それ!?)