都会で奇跡のやまびこ?

Hey! Say! JUMPと関ジャニ∞

映画『羊の木』がっつりネタバレあり感想 追記

こんばんぬ バレンタインか ベリカです

毎年バレンタインは自分のためにちょっといいチョコを買って食べるという習慣があるのだけどそういえば今年まだ買いに行っていなかったなーと今更気付いたよね。明日辺りデパート行くかとも思ったけど人混み嫌いだからなあ。とんでもない人だろうしなあ。

 

 

さて映画『羊の木』の感想を昨日上げたわけなんですが

m-yamabiko.hatenablog.jp

昨日あえて触れなかった部分について、あれってそういうことだったのかなと思ったので追記。あくまで追記なので昨日の記事を読んでいない方は出来ればそちらから読んでもらえるとありがたいです。それなりに長いけど。

タイトルにもあるけれどがっつりネタバレしているのでご注意。

しかもクライマックスシーンについてだからね。

 

 

何度観てもここだけどうしても分からなかったというのが、クライマックスの岬のシーンで宮腰が月末の首を絞めるくだり。あの時の宮腰の気持ちがどうしても分からなかったのだけど、もしかしてこういうことだったのかなと。

 

その前に。映画を観ていて私が唯一宮腰に対して(この言い方が正しいのかは置いておくにしても)【人間らしい】感情を見せたなと思ったのが、月末から「文に宮腰くんの昔のこと言っちゃったんだ」と言われた時のこと。あくまで私が思ったというだけだけれど、それを聞いて一瞬だけ失望した顔になるんだよね宮腰が。失望するということはつまり信用していたということであり、どの程度本人が意識していたかは置いておくにしても宮腰は月末を自分の懐に入れていたところはあったのだと思う。

 

宮腰はといえば子どもたちと楽しそうに遊んだりとか文と楽しそうにギターを弾いたりとかあったけれど、楽しそうにするのは相手を信用していなくても出来ることだし、どんなに嫌いな人相手でも笑顔を向けることが出来る人はいる。ただそういう表面に出る部分ではなく、信用となると上っ面でどうこう出来るものではないんだよね。

前回、宮腰は作業のように人を殺すと書いたけども、そんな人間はおそらく宮腰しかいないから周囲は誰も宮腰を理解出来ないし、理解出来ないものに対しては当然距離を置くだろうしその前に殺人犯である事実が判明した時点で距離を置くのが世間一般における【普通】だろう。でも宮腰にしてみればそれは【普通】ではなかった。だって作業だもの。淡々と作業をしているのに何で人は離れていくのか、宮腰に対して好意を持って近付いた人も宮腰の過去を知れば離れていくけれどそれが何でなのか本質は理解出来ていなかったと思う。ただ最終的に皆離れるという現実だけが宮腰の中には残っているから、宮腰から誰かを懐に入れたことは(おそらく相当小さい頃から)なかったのだと思う。

 

でも月末は違った。自分の過去を知りながら「同じ人間ですし」と言った。バンドの練習中に覗いていた時ドラムの須藤から「友達?」と訊かれて月末は否定しなかった(月末からしてみれば否定しないというより出来なかったという方があの場面においては正しい気はするけども)。

そういやついでに書いておこう。宮腰って「同じ人間ですし」と言われたあの初対面の時から月末に対してはある種の執着があったのだと思う。自分の孤独を解消してくれる相手として。バンド練習を覗いていた時「車から聴こえた」と言っていたけどもあの映画で描かれている季節は秋冬(10月11月)であって、しかも北陸。どう考えても窓を開けて車を運転しているとは思えないしそれで音が聴こえたらどれだけ大音量なんだよという話だし。なので映画では描かれてはいないけれど宮腰は月末をこっそり尾行していたところはあったと思う。常日頃ではなくてもね。平日はともかく休みの日にどこへ行くのか何をしているのかくらいの把握はしていたと思うし、その流れで家も知っていたんじゃないかと私は思っている。小さい町だから行動範囲も限られるだろうし。

 

人を殺すということが作業であり必要のないものを排除するという行為であった宮腰にとって、自分を受け入れてくれて孤独を解消してくれる(かもしれない)月末に対して、もしかしたら生まれて初めてかもしれない愛情を感じていたのかなと思っている。恋愛どうこうではなく男とか女とか関係なく、宮腰一郎という人間をそのまま認めてくれる唯一の相手として月末をとらえていたんじゃないのかなと。

 

 

宮腰が突然月末の家に来るくだり。月末は寝てしまうわけだけども、これを例えば宮腰の過去を知っている第三者が見たらどう思うだろう。それこそ文があのタイミングで家に来て部屋を見たらおそらく絶叫すると思う。「月末起きて!逃げて!」くらい言うかもしれない。殺人犯だと知っている相手とふたりきりの部屋で無防備に寝るとか考えが甘すぎると怒ると思うのね。

で、宮腰。眠る月末をじっと見て電気を消す宮腰。あのくだりで私は月末が宮腰を(言葉だけではなく)信用しているのだと体現してくれたことが嬉しいと思っていたのだけど、実はそうではなかったのかなと。もちろん嬉しいという思いはあっただろう。けれど宮腰はあの時点で既に3人新たに殺しているのであって、宮腰にとって殺人は過去の話ではないわけね。それこそ現在進行形で殺人を犯している相手とふたりきりで無防備に寝る、唯一自分が信頼出来る相手を見たらどう思うか。

私が思うに、この時宮腰が感じたのは、怒りだったと思う。

 

でようやくクライマックスの岬のシーンについての話になるわけだけども、あそこでなぜ宮腰が月末の首を絞めたのか。個人的には怒りだったと思っている。だって殺人犯と一緒にいて無防備に寝るしふたりきりでドライブするし突き落とされたら死ぬであろう岬にまで着いてくるんだよ。第三者から見たらどう考えても危ないわけで、いやいや死ぬ気かよ、となると思うのね。説得出来ると思ったのかよ甘すぎだろう、と。

そして私は、だけど、宮腰もまた月末に対してそう思ったんじゃないかと。

宮腰は月末と一緒にいることで人間らしい感情がほんの少しだけど出て来たのだと思っている。誰かを信用するとか、裏切られて失望するとか、そういう心から湧く感情。

そしてそれにプラスして、怒りの感情も湧いたのだと思っている。

あの岬のシーンは月末が怒っているのが印象的だったけども、おそらく宮腰って怒られたことはないだろうと思う(刑務所内は別として)。自分を心配して自分のために怒ってくれた人間はいままでいなかっただろうし、それが月末だったのだと思う。そして月末に怒られることで自分も心の中に溜まっていた月末への怒りが表に出た、のが月末に対して首を絞める行為だったのではないかなと。どこまで本気で殺す気があったのかは分からないけれど、少なくともあの行為は今までの殺人における作業ではなく、(おそらく生まれて初めて)怒りによる殺しの行為だったのだと思う。無防備すぎる月末に対して、僕を信用したら殺されるんだよ、っていう怒り。行動はともかくとして、あれは月末に対しての愛情があったからこそだったと私は思っている。警告というか。だから今までの殺人とは全く意味が異なるんだよね、月末に対してだけは。

 

 

まーこれが合っているかどうかなんて分からないけれど、少なくとも私はそう捉えたということでひとつ。